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三重県保護司会連合会 沿革と事業の動き

(1)沿革

昭和14年9月司法保護事業法施行に伴い,三重県では,司法保護委員会事務局ができ,司法保護委員は28保護区(桑名,員弁,四日市,富田,菰野,亀山,神戸,一身田,津久居,奥津,松阪,宮前,相可,天ガ瀬,宇治山田,野後,吉津,鳥羽,波切,尾鷲,長島,木本,鵜殿,上野,柘植,名張,阿保)に配属されていた。

三重県における連合体組織としては,昭和24年10月7日に三重県少年司法保護委員連盟,同月20日に三重県成人司法保護委員連盟が結成されたが,翌25年保護司法の制定により昭和25年11月11日にそれぞれ三重県少年保護司連合会,三重県成人保護司連合会に改称された。

昭和27年8月の機構改革で成人と少年が統合され,昭和28年5月14日三重県保護司連合会に一本化され,統合後の初代会長には樋口恒通氏が就任した。

その後,昭和54年9月に名称を三重県保護司連盟と改め,平成10年5月保護司法の一部改正により,県下16保護区保護司会の連合体として,平成11年4月1日「三重県保護司会連合会」となり,今日に至っている

(2)事業の動き

記念すべき事業として先ず上げられるのは,昭和27年3月31日竣工した保護会館の建設である。保護観察所が手狭で会議室もなかったので,会議と保護司の宿泊に当てる目的で,県下の保護司がお金を出し合い53万余の予算で,10畳2間の会館を作ったのである。

昭和30年3月16日,津市中央公民館で開催された第1回三重県保護司大会は,まさに名実ともに大会の名にふさわしいものであった。

昭和30年3月10日,待望の機関誌「三重更生保護」が創刊された。これをもって更生保護に関する情報の伝達,保護観察所の業務方針の徹底がはかられ,保護司の体験発表の場が与えられた。

この機関誌はその後中断し,昭和49年7月発行の「津保護観察所だよりNo.1」で息をつなぎ,昭和53年7月1日発行の「更生保護みえ」で復活したのである。当初は年2回の発行であったが,昭和55年から年3回発行している。

三重県では更生保護と地方自治体は戦前から極めて緊密な関係にある。三重県保護会(設立当初は三重県免囚保護会)は明治27年に設立されたが,設立当初から県・市町村の強力な支援を受けており,昭和15年に司法保護委員制度が敷かれるまでは,保護会が地区保護委員協議会や保護委員の指導連絡にも当たっていた。

戦後も三重県保護会は昭和24年の再建,45年の改築に当たって県・市町村から多額の助成を受けており,この関係は各地区の保護司会にあっては更に密接で,各会とも福祉事務所,住民課,社会福祉協議会等に事務局が設置された。

そのため,地方自治体との協力関係を常に重視し,事務担当者の斬業に対する理解を深めるため,昭和35年からほぼ毎年事務担当者会議を開催している。

(3)人の動き

(1)歴代会長
石榑乗光(成人)(昭24.10.20~25.11.10),岡山三治郎(成人)(昭25.11.11~28.5.13),樋口恒通(少年・統合)(昭24.10.7~51.6.30),中森 勉(昭51.7.1~59.1.15),池田末治(昭59.3.14~59.5.27),吉原一真(昭59.5.28~62.5.18),青 正夫(昭62.5.19~平元.12.14),足立祥典(平元.12.15~4.2.25),家栁貞夫(平4.3.11~7.12.14),堀木宗一(平7.12.15~平12.3.31),中條信男(平12.4.1~平15.7.31),藤田治美(平15.8.1~平16.11.28),松本清(平16.11.29~平17.7.31),森本孝子(平17.8.1~平19.6.29),橋本一男(平19.6.30~平22.5.24) ,清水力(平22.5.25~平26.3.31),土方義道(平26.4.1~現在)

 

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